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「被告の一方的な過失」と指弾も、上限の量刑回避
2013.2.19 21:42
 京都府亀岡市で平成24年4月、軽乗用車が暴走し集団登校中の小学生ら10人が死傷した事故をめぐり、自動車運転過失致死傷と道交法違反(無免許運転)の罪に問われた無職少年(19)に懲役5年以上8年以下(求刑・懲役5年以上10年以下)の実刑を言い渡した19日の京都地裁判決で、市川太志裁判長は「過失の内容や程度は極めて悪く、遺族らの処罰感情は峻烈」などと指摘した。
 判決理由で、市川裁判長は事故について「連日の夜遊びによる疲れと睡眠不足で居眠り運転に陥った被告の一方的な過失」と指弾。被害者1人1人の名前や被害の状況を挙げて結果の重大性を強調した。
 一方、起訴内容のうち事故以前の無免許運転については、「常習の一環で事故を招いた意味では無関係ではないが、事故の原因である居眠りとの因果関係はない」などとして、検察側が求刑した上限の量刑を科すことは回避した。
 弁護側は「矯正教育が更生につながる」として審理を家裁に移送するよう求めていたが、地裁は「刑罰を科し、明確に責任を自覚させることが社会正義に合致する」として退けた。
 判決によると、少年は24年4月23日朝、亀岡市内の府道で、居眠り運転して集団登校の列に時速約50キロ以上の速度で突っ込み、3人を死亡させ7人に重軽傷を負わせたほか、同11日、同17日、同22~23日に無免許運転をした。
 判決後、京都地検の中田和範次席検事は「内容を精査し、対応の要否を検討したい」とコメントした。


進行を制御する技能とは、ただ車を動かすことができたら良いと受け取れます。
運転免許は車を動かす能力だけで無く、車の仕組みや、交通ルール、安全運転なども教えており、進行を制御する技能には、座学で教えられる交通安全意識も伴うものだと思います。
遵法精神が全くなく、無免許運転を繰り返すと言うことは、いずれ重大事故を起こす可能性が高く、広い意味で、自動車の進行を制御する技能を有していないと言えるのではないかと思います。

免許を一度も取得したことがない運転者が無免許運転を繰り返し、重大事故を起こしたのは、社会的な規範が無く暴走しがちな不良と、少年法で守られている未成年が要因だと思います。
成年の無免許であれば、事故を起こしたらばれるので事故を起こさないようにするし、不良で無ければ、そもそも無免許運転はしません。
責任意識の無い未成年の不良が暴走しやすく、危険運転と似た結果を出す可能性があるのではないかと思います。
当然、運転経験は少なく、安全運転の知識も無く、運転は未熟で、事故の夏の性は高まります。

裁判長は被告が反省しているとして、5〜10年の求刑より短い5〜8年の不定期刑の判決としました。
被害者及び被害者家族は反省の色が見えないとして、刑の重さに不服だったようで、当事者が反省を感じなかったものを第三者の裁判長が反省を認めるのはどうかなと思います。
判決が出るまで反省しているという演技もできるはずです。
反省をしていても、自己保身のためで、心の底からの反省では無いかも知れません。
一方、冤罪と思っている被告は反省することは犯罪を認めたことになるので、無罪を主張すると、反省していないとして厳しい罪に問われます。
反省しているか否かは、判決が出るまでの一時的に見るものではなく、長い時間を掛けて判断すべきものと思います。
長い懲役期間の生活態度などで、反省しているかいないかは出てくるものだと思います。

刑罰の緩和措置は懲役の半分くらい経過してから、裁判所が判断すべきものと考えます。
この場合だと5年間の様子を見て、残り3年間か5年間かの不定期刑を決定すべきと思います。
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愛てんぐ

Author:愛てんぐ
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