クローズアップ現代を見ようと、NHKにチャンネルを合わせると、2年前に38歳の若さで夭折した歌手、本田美奈子さんと、間もなく92歳の誕生日を迎える作詞家岩谷時子さんの、ともに入院した病院での心の交流を描いた「本田美奈子:最期のボイスレター」を放送していた。

本田美奈子さんは、2005年1月、進行性の早い急性骨髄性白血病と診断され、都内の大学病院に入院し、6階の無菌室でガン治療に当てっていました。
その年の6月に、当時89歳に岩谷時子さんが、道路で転倒し、大腿骨などを骨折し、同じ病院の16階に入院しました。

二人は本田美奈子さんが、23歳(1990年)にアイドル歌手からミュージカルシンガーに転身するきっかけとなった「ミスサイゴン」の訳詞を担当したのが、岩谷時子(74歳)さんでした。
二人は親交を深め、無二の親友である越路吹雪のために詩を書いた大ヒット曲「愛の賛歌」を歌って良いよというほどの仲でした。

本田美奈子さんが岩谷時子さんの入院を知り、最初にボイスメールを送りました。
勿論、本人は無菌室ことから出来ないので、親しい人に持って行って貰いました。
返事が返ってきた岩谷時子さんの声がとても弱々しかったので、次のボイスメールから、今できる彼女にとって岩谷時子さんを励ますことのできる最上のこと、岩谷時子さんのことを「お母さん」と呼び、唄を入れることにしました。(以後、二人のやり取りは私の思い違いもあります。)

その最初の唄が、岩谷時子さん訳詞の「アメイジング・グレイス(You Tube)」でした。

やさしい愛のてにひらで 今日も私は歌おう
何も知らずに生きてきた 私はもう迷わない

光り輝く幸せを 与え給うあなた
大きな御胸に委ねましょう 続く世界の平和を

アカペラの歌声は、天使のように聞こえました。

これ以降、岩谷時子さんの作詞の曲を中心に32曲の唄を歌って、送りました。
歌うことは、血痰が出たり、それは生やさしいものではなかったそうです。テープの声にはそれを感じませんでした。

二人のやり取りの中で、二人の考えは次の言葉に集約されています。
自分の不幸せを考えないで、他人(ひと)の幸せだけを考えて、生きましょう。

「ニューシネマパラダイス 愛のテーマ(You Tube)」では心で歌えば、心に通じますという返答。
入院10日目では「祈り(岩谷時子作詞)」を送りました。

自分が訳詞したドボルザーク「新世界(You Tube)」を歌いました。

時は待たず 過ぎてゆく 悲しい時も 止まらずに
過ぎゆく日々 刻むまま 笑い会える 喜びを
守り給え この世界 永遠に続く幸せを 幸せを


クラシックに歌詞を付けて歌うということが、彼女が最後に到達した、最も自分らしい表現方法でした。

泣きたいときにいつも口ずさむ「ジュピター(You Tube)」に対して、私を生かしてくれる美奈子にありがとうの返答。

岩谷時子さんが腕の手術の後、命がけの大腿骨の手術の時に送ったのが、いつもそばにいるよと言う意味を込めて「エデンの東」(作詞本田美奈子)だった。
手術は成功し、無菌室から出られない本田美奈子さんへ、岩谷時子さんの方から16階から6階へと車いすで会いに来ます。
二人は話す言葉は少なく、10分間ずっと、ハグしていたそうです。

仮退院が決まり、本田美奈子さんはボイスメールにそのことを入れられませんでいた。岩谷時子さんは孫ほど年の違う本田美奈子さんい対して、いっぱい受けた心遣いに、尊敬しますと答えていました。

7月末に退院し、埼玉の自宅に戻って、「アメイジング・グレイス」、本田美奈子さんの誕生日(7月31日)には「見上げてごらん夜の星を(岩谷時子作詞)(You Tube)」を送りました。
岩谷さんは本田さんのことを私の希望そのもので、孤独に耐えられる人、頑張っていきましょうと答えました。
8月10日に、母親と一緒に歌った「夜明けの歌」が最後のボイスレターでした。
岩谷さんは、ありのままの自分でいきましょうと答えました。

11月6日、本田美奈子さんは帰らぬ人となりました。
岩谷時子さんは、退院後、詩は作っていません。

本田美奈子さんは、18歳の時にアイドル歌手としてデビューし、「1986年のマリリン」が大ヒット、20歳の時は女性だけのロックバンドを結成し、翌年、解散しました。
童顔に、か細い体、パワフルな声で、ヘソ出しルックという出で立ちに、とても違和感を覚えて記憶があります。売り出し方が合っていないなあと思ったことを覚えています。
23歳でミュージカルと出会い、アイドル時代とは歌い方も一新、作らない素直な歌い方になって、まるで別人、水を得た魚のようでした。
32歳のとき、チャリティーコンサートでクラシックを歌ってから、クラシックの曲に日本語の詩を付けて歌うという独自の境地に至りました。
ソプラノの歌声、衣装、姿勢、メイクなど全部が調和し、本田美奈子らしさそのもの、遠回りしましたが、やっと出会えたクラシックは本当に彼女に合っているという印象を得ました。
澄み切ったソプラノの歌声は、どれほど多くの人々の心を癒やし、救ったくれるかを考えると、非常に残念です。
これほど人にためになる人の命をこんなに早く奪うなんて、神も仏もないような気がします。
素晴らしい人生だったねと言って、素晴らしい歌をありがとうと感謝したいと思います。


テレビ東京の「誰でもピカソ」に本田美奈子のヒストリを放送していたことがあり、そのユーチューブがあります。
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