東京高検は、東京高裁の布川事件を再審請求を認める決定に対して、再審請求をすべきでないとして、最高裁に特別抗告をしました。
これまで、一審、二審と再審請求を認めた案件で特別抗告に至った例はないと言います。
高検の理由は裁判結果を覆す新たな証拠が出ていないとしいています。

東京高裁での再審開始を認める決定では、再審請求後に検察から開示された新たな証拠を検討した結果、自白には重大な疑問があり、取調官の誘導を伺わせるとまで指摘しています。

検察はこれまで隠してきた証拠が裁判時に開示されていれば、有罪ではなかったと高裁が述べているのに対して、隠してきた証拠は有罪を覆すだけのものではないと、真っ向から高裁の決定に反発しています。

<布川事件の概略>
布川事件について、簡単に記します。
1967年の老齢の大工さんの強盗殺人事件で、犯人とされた二人を見たという証言と二人の自白で、1、2審とも有罪、1978年最高裁で上告が棄却され、無期懲役が確定しました。
二人は刑に服し、1996年二人は仮出所しました。
29年間も拘束、服役されていました。

<再審請求>
日本では、再審請求が通るのは、針の糸にラクダを通すほど、難しいと言われています。
再審請求とは、裁判が確定した後で、この判決は間違っているとして、もう一度裁判を行って欲しいと裁判所に要求することです。
これまで再審が認められたのはたったの5回で、そのうち48回が無罪となりました。
何故認めないか、裁判所も国家権力、再審請求に応じると言うことは、自分たちが間違っていたことを自ら認めることで、日本の官僚制度(お上)ではあり得ないからです。
刑事訴訟法では新たな証拠が見つかったとき、証拠が偽りだったときなどです。
しかし、被告に有利な非開示資料を含めて、証拠資料はすべて検察側の掌中にあって、検察に有利なように出来ています。
捜査権のない弁護側にとって、冤罪の証明は困難を極めることも再審が認められない大きな要因です。

<冤罪の証拠>
日本の裁判では、検察の持っている証拠を全て開示しなくて良く、検察にとって有利なものだけを証拠として、裁判に利用されています。
何故、二人が冤罪であることが証明できるようになったかというと、それは未開示捜査資料が度重なる請求によって、一部が開示されたためです。

段ボール7箱?ほど、未開示の資料があると言われ、開示請求に対して、河川の氾濫で流されたというような、まるで北朝鮮のような言い訳を言っていました。

唯一の証拠である証言が二人を見たというのでしたが、その証人の母親も見ていたという証言が未開示にされていました。
乗物で移動中に見たという子どもより、母親は被害者宅を訪れ、二人を見て、冤罪となった知己の二人でなく、違う人と証言していました。
子どもの方も、冤罪の二人かどうかは不確かだと言います。
証拠の二人を見たという証言は崩れました。
自白では素手であちこち触ったなっていますが、二人の指紋は全くありません。
残された髪の毛が7本あり、5本が被害者以外という証拠しか出されていませんでしたが、新たに5本とも冤罪2人のものではないと言います。
自白では手で頸を絞めたとされていますが、検視データでは細い紐で絞められたというのが出てきました。
未開示の自白テープは、2回録音され、1回目は非開示とされ、そこには13回ほどカチャンという録音を止める音が入っており、有罪にしにくい部分は意図的に録音されなかったように思われます。
もう一人の自白テープが開示されていないのも不自然です。
開示されたのは2箱だけで、残る5箱には、もっと検察に不利な情報が入っているに違いありません。
次々と明らかになった資料で、警察取り調べの自白誘導の疑いが濃くなりました。
強盗したお金の額は自白では3回くらい変遷しています。
これでもう一つの決め手、自白も証拠としての価値が希薄となりました。
有罪とする根拠は崩れ去った今、無罪しかあり得ません。

間違った捜査による、警察・検察・裁判所が作った冤罪事件と言えます。
思い込み捜査により、無実の人を殺人者に仕立てたということになります。


<冤罪の起こる要因>
冤罪が起こりうるのは、
・自白さへ取れば有罪に出来る
・有罪に出来るまで留置所で四六時中何日も拘束・取り調べできる
・取り調べは密室で
・調書は自白の一言一句でなく取調官の作文
・証拠は検察に有利なものだけで不利なものは開示しなくて良く
・端から裁判所は弁護側より検察官の言うことを信じる

などが背景です。
証拠を出そろった段階で、連立方程式を読み解くというような合理的に検討するのではなく、捜査初期の段階でストリーを決めて、それに合わせて捜査する手法にも大きな問題があります。
これらの諸制度は、戦前の体質をそのまま引き継いでおり、先進国では希な、後進国並みとなっている、恥ずべき制度です。


<特別抗告>
今回は検察の言いなりにならず、地裁、高裁と再審すべきと決定されてきました。
冤罪を生んだ根底に、お上は間違わないという権威誇示があるのは確かです。
今また、反省無く、行政権力の誇示のため、自分たちは間違っていないと特別抗告しました。
最高裁は地裁、高裁より、権力意識が高い分、行政の判断=検察に追随する傾向があります。
検察が隠蔽した証拠から冤罪であることが高裁で明らかにされたのに対し、最高裁は検察に服従するか、司法の独立を示せるかどうか、最高裁の判断は見物です。
検察は自分たちを守るため、無実の人を殺人者に仕立て続けようとしています。
検察と同様に権力者である最高裁は、司法を守るものとして、検察の過ちを正せますでしょうか。


<裁判員制度について>
来年から裁判員制度は始まります。
検察と弁護側が問題点を整理した後、裁判員が3日で刑期も含めて重犯罪の判決を出さなければいけません。
私は裁判員制度には反対で、今の純粋培養の官僚的裁判官を社会経験豊富な弁護士出身の裁判官に改めれば、国民の目線に立った判決が行われるようになると思います。

少なくとも上記の問題点が解決されない限り、裁判員制度を開始すべきではありません。

蛇足ですが、裁判員の日当は1万円が有力だそうです。
新任の判事が年1020万円、月収で90万円、日当換算で4万円となり、同じ仕事をする裁判員は裁判官の1/4にしかなりません。
当日は判決を出すという、人の生き死にに関する大事な仕事で、裁判官と仕事は同じです。
同じように重い責任を伴うならば、同一賃金にすべきではないでしょうか。
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