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朝日新聞6/4の夕刊の末尾「さらに弁護側の推薦の鑑定人が当時の科警研と同じ鑑定方法で再鑑定したところ、識別されるDNA型が当時の判断と異なることも明らかになっていた。」の意味がよく分かりませんでした。
翌日6/5の朝刊に、「揺らぐ旧DNA鑑定」という具体的な記事がありましたが、これもネットで探しても、記事がありませんでした。
時々訪れるブログ、生きてるしるし 「足利事件、科警研が、警察取り調べに迎合しておかしなDNA鑑定をした」で文章に起こされていました。
以下に記事部分のみ、転載します。



揺らぐ旧DNA型鑑定 分析自体のミス指摘
 「科学的捜査」の代名詞だったはずのDNA型鑑定。足利事件で菅家利和さんを「有罪」とする根拠とされた旧鑑定は、約20年を経て、誤りだったことがほぼ確実となって。検察側は捜査員の汗などのDNA型を誤って検出した可能性も探ったが、ついに折れて釈放を決めた。他の事件への影響もささやかれ始めた。

 弁護側が推薦した鑑定人の本田克也・筑波大教授(法医学)が今春の再鑑定で最初に手がけたのは、91年に行なわれた旧鑑定と同じ「MCT118」という方法を、もう一度試みることだった。
 本田教授は当初、女児の肌着に残る体液のDNA型と菅家さんのDNA型は一致するだろうと思っていた。「これまでの裁判で、そう認められているのですから」

 菅家さんの型は「18-29」というタイプ。しかし何度実験しても、肌着の体液からは、そのDNA型が検出されない。むしろ「18-24」という別の型がはっきりと出た。
 自分が間違えているのではないか。鑑定書を裁判所に提出する前日まで実験を繰り返した。「国が一度出した結論を、簡単に『間違っている』と否定できるわけがありません。でも何百回試しても、一致しませんでした」 旧鑑定では、肌着の体液と菅家さんのDNA型はともに「16-26」で一致すると結論づけていた。

 有罪の決め手となったこの旧鑑定について、本田教授は「二重の誤り」を指摘する。
 一つは、菅家さんのDNA型の型番がそもそも違うこと。もう一つは、肌着の体液と菅家さんのDNA型を同じだとしたことだ。「前者じゃ、技術に限界がある頃の話で、責めるつもりはない。でも後者は、勇み足だったのでは」

 というのも、旧鑑定書には 一つは、DNA型を示す帯グラフのような写真が添付されており、これが判断の根拠とされていたが、写真を見た本田教授は「これでよく同じ型と言えたな」と感じたからだ。
 旧鑑定からの約20年間で、DNA型鑑定は精度が高まる一方、適用件数も増えてすそ野が広がった。

 「DNA型鑑定は革新的な手法で、多くのケースで正しい結論を導くことは間違いない。しかし、残された試料の量が少なかったり、質が悪かったりするケースでは、今でも判定が難しいことに変わりは無い。鑑定人の技能などで結論は左右される」と本田教授は話す。

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MCT118  DNA型鑑定の方法の一つ。89年に国内で初めてDNA型鑑定を導入した警察庁科学警察研究所が当初採用していた。髪の毛根や皮膚など人間の細胞の中に必ず含まれるDNAの一部に着目。塩基という成分の並び方の繰り返しパターンを調べて、435通りの型のどれにあてはまるかなどを識別する。現在主流の方法に比べ、多くの試料が必要で、精度の低さが問題視されていた。>


○科警研のDNA鑑定の誤り
当時の鑑定方法での、科警研と本田教授のDNA鑑定を要約すると以下の通りです。
・科警研の旧鑑定では、菅家さんと女児下着の体液がともにDNA型が16-26としました。
・科警研は東京高裁で当時の方法は正しい型判定では無かったとして、菅家さんと女児下着の体液がともにDNA型が18-30と訂正しました。
・本田教授が当時の鑑定方法で行うと、菅家さんのDNA型が18-29、女児下着の体液DNA型が18-24でした。

○科警研のDNA鑑定技術の未熟なままの見切り発車か
科警研は、菅家さんと女児下着の両方とも、間違っていたとは、驚きです。
一つもあっていない、あまりに酷すぎます。
警察の求めに合わせて、わざと菅家さんと女児下着の両方が同じ型だと言っているとさえ受け取られます。
DNA鑑定を捜査手法として導入するため、自分たちの存在を誇示するため、DNA鑑定技術が幼稚で未熟であるのを知りながら、先走って無理な鑑定をしたように思います。
丁度、経験未熟な医師が自分や病院の名前を挙げるため、マニュアルを片手に腹腔鏡手術した、まるで人体実験のようにして、患者に取り返しのつかないことをしてしまったようなものです。
科警研の方から、何故それ程、杜撰だったのか、きちんとした説明が必要です。

○飯塚事件は死刑執行で取り返しのつかない事態に
科警研がMCT118という誤っている可能性の高い鑑定方法で行った事件は、すべて再鑑定すべきです。
此処で思い浮かぶのが飯塚事件です。
犯人とされた久間さんは首尾一貫して無罪を主張していました。
足利事件と同じように、黎明期のDNA鑑定だけで、死刑となりました。
ここで問題なのが、第三者がDNA鑑定したところ、シロと出ましたが、裁判所は死刑としました。
足利事件では、最高裁で別のシロの鑑定を無視し、無期懲役が確定したのと同じことを裁判所がしました。
久間さんも冤罪の可能性が非常に高いです。
2006年、死刑が確定し、昨年、死刑が執行されました。
無罪を主張している人を、それも死刑囚となって2年の人を森英介法務大臣が死刑を執行しました。

○飯塚事件を含めDNA再鑑定が急務
DNA資料は使い切ったと科警研は言っています。
実際のところとは分かりませんが、防衛のため嘘を言っている可能性は無いとは言えません。
弁護団は、肉親のDNA鑑定で調べると言っています。
是非とも、冤罪を晴らして欲しいと思います。


○警察・検察・裁判所は猛反省して自ら変革すべし
冤罪の可能性の高い飯塚事件の久間さんは死刑が執行されました。
恐らく、他にも同じような冤罪事件があるでしょう。
明らかに自白を誘導したことが分かっていて無罪となる要素を隠蔽した警察・検察、未熟なのに功を焦るあまり杜撰なDNA鑑定をした科警研、第三者の鑑定を無視する・自白の証拠を調べない裁判所、無罪を主張する人の死刑を執行した法務大臣は、殺人を犯してしまったという真摯な思いで、反省して欲しいです。
裁判員に改めて貰うのではなく、反省の上に立って、自ら改める、自ら変わることが最優先です。


○検察のトップが菅家さんにテレビの前で直接謝罪が改革への原点
最高検察庁の?2の伊藤次長検事が記者会見を開き、「真犯人と思われない人を起訴し、服役させたことについて大変申し訳ないと思っている」と謝罪しました。
それに対して、菅家さんは弁護団会議後の記者会見で「絶対、許さない。わたしの目の前に来て謝罪してもらいたい」と語気を強めて言いました。
検察当局としては非を認めて謝罪するという過去に例を見ない記者会見で、検察はそれで良しとしましたが、犯人にでっち上げら17年半も人生を奪われ刑務所で苦痛を負わされた当事者の菅家さんはそれで収まるはずがありません。
ナンバー2だったこと、記者会見にテレビを入れなかったっことは、本当に国民に向けて謝罪かどうか、伝わりません。
再審前の異例の謝罪とはいえ、菅家さんは釈放時から直接来て誤って欲しいと言っているのですから、同じ謝罪をするなら、訪問して且つテレビを入れて誠意の感じられる謝罪するべきです。
いけないのなら、その理由を述べ、訪問して謝罪する予定を述べるべきです。
今回の謝罪が、裁判員制度が始まるから検察の公正さを保ちたいという理由では、はなはだ動機が不純です。
もっと、自分たちの非に真摯に向き合わなければ、国民目線の、警察・検察・裁判所の改革は起こらないでしょう。
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栃木県警は本部長欠席のまま刑事部長らによる謝罪会見を開きましたが、当時の捜査を指揮した元県警幹部(75)は「捜査は適正で妥当だった。別の真犯人が居るとは思っていない」とコメントしたそうです。〔by毎日新聞jp〕

これで菅家さんが納得するでしょうか。

今は殺人事件の時効は25年になっていますから、足利事件もまだ時効にはなっていないと思いますが、警察はこれ以上捜査を続ける気は無いようですね。

時効を無くせと主張している人もいますが、足利事件を見ても時効が無くなったからといって警察が再捜査するとも思われず、意味ないですね。
☆諒さん、コメントありがとうございます。

栃木県警の最高責任者である石川正一郎本部長が自ら、記者会見し、恥を書いてこそ、捜査手法を反省できるのです。
部下に読ませて、逃げてどうするのですか。
菅家さんが、謝罪は来て、直接、自分誤ってくれと何度も言っているのに、無実を表明しているのを無視したのと同様に、菅家さんを下に見て無視しています。

捜査が適正で妥当なら、無罪の人を捕まえるのですか。
捜査が適正で妥当でなかったから、冤罪事件が起こったのでしょう。
無実の人を捕まえておいて、元県警幹部は自己否定すべきです。
有罪にできる証拠は自白強要などして集める努力をしましたが、自白が事実と整合しななど、無罪となる証拠を全く集めもせず、むしろ、証人の証言を潰すなどの行為を行いました。
自白最優先の古い捜査手法をとっている限り、冤罪は無くならないと肝に銘じるべきで、警察生活の総括をすべきです。

時効は25年になりましたが、法施行以前の事件には適用されないはずです。
時効を無くしても、死刑制度が無くならなければ、飯塚事件のように後の祭りになります。
死刑制度も廃止すべきです。
最も大事なのが、お上体質で、時効が無くなっても、お上は間違わないという体質がある限り、冤罪は無くならないですね。
足利事件の時効は15年で、時効は成立しているはずです。
僕の前回のコメントに誤解されそうな所があったので訂正しておきます。

足利事件の捜査を指揮した元県警幹部のコメントは毎日新聞の取材に対するコメントで、県警の謝罪会見でのものではありません。

この元県警幹部のコメントにそっくりのコメントを過去に読んだ記憶があります。

弘前大教授夫人殺し事件で、有罪が確定し那須さんが刑を終え時効が成立した後で真犯人が名乗り出て、再審が開かれ那須さんに無罪判決が下されたその後で、取調べに当った元刑事が「俺は今でもヤツがやったと思ってるよ」とTVカメラに向ってコメントしていました。

警察官というのはなかなか謝罪しないものですね。


時効に関して法改定以前に溯って適用するかどうかは判例に拠るようですね。


ただこれまで警察が無罪判決を受けて再捜査して真犯人を検挙したという例を知りませんし、逆に弘前大教授夫人殺し事件や日石ピース缶事件のように時効後に真犯人が名乗り出て冤罪が晴れたというケースがありますから、時効を無くすことには反対です。
☆諒さん、こんばんは

今度は、ネットで確認しました。
元県警幹部(75)は自身のブログで、足利事件の再審請求を宇都宮地裁が棄却したことに触れ、「捜査に携わった者として、感慨無量であります。当時として、最高、最善の捜査を尽くしたものであり、誤りでないことを再確認していただいたものと思っております」と述べたことに対し、謝罪すべきだ」「自白強要が最高最善の捜査なのか」「人の人生をメチャメチャにした責任を取れ」といったコメントが1000件以上殺到し、ブログが炎上したとあります。
私も自白強要が最高最善とは絶対に言えません。
最高最善とは自白を否定する証拠探しまでやって、自白が事実かどうかを確かめてこそ、言えます。
警察官の教育は完璧に間違っています。
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愛てんぐ

Author:愛てんぐ
自由が一番!

*自由、平和、優しさ、自然が大好きです。暴力、戦争、不公平、不自由は大嫌いです。

*世の中では格差社会がどんどん進み、言論統制の動きも見え、益々自由に生きられなくなっています。

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