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『まるこ姫の独り言 オリンピックとスノボー国母選手』に書き込んだコメントを記事にし、エントリーします。

去年株価が下がれば鳩山不況と揶揄されましたが、去年10月~12月のGDPが年4.6%成長を示し、マスコミの言うことはつくづく信じない方が良いと思っています。

国母選手の件も、マスコミが獲物を見つけたように、こぞってのバッシングには違和感を感じます。
大概のブログも批判的です。
天の邪鬼の当ブログでは、違う視点で論じたいと思います。
ドレッドヘアーに鼻ピアス、ネクタイを緩め、シャツはズボンの外に出し、ズボンは腰パンのあの格好は、日本を代表するオリンピック選手の正装とは言えないのは通常の感覚では当然でしょう。
注意されたことにすねている態度も、批判の対象になることは当然でしょう。
しかし、決められた服ではない別の服を着ている訳でもなく、着方が若者たちの最先端を行っていると思えば、それほど目くじらを立てることではないと思います。
自分では気に入っている着方がファッションであり、自分の個性、そのものと思っていて、服装を悪いといわれたので、自分を否定されたと感じて、頭に来て不遜な態度をとっていると思います。
大人といっても21歳です。
マスコミは、服装が悪い、態度が悪いなど、表層的なことばかりを報道しており、それに反応して、視聴者はオリンピックに出すなというような、懲罰的なバッシングに出ています。
マスコミがバッシングの材料を提供をすれば、弱肉競争社会で鬱憤の堪る国民はそれに直ぐ飛びつくのは当然です。
代表選手に強化費が支払われ、オリンピックに出られるのも、国民の税金が大きな支援になっていることは確かで、文句を言いたいのも分かります。
あの服装、あの態度ですが、一般人には想像もつかないくらいに人の何倍も努力し、実力を付け、周りも実力だけでなく、服装や態度も認めてきたから、代表選手になれたはずです。
そういう色々なことが積み重なって今があるわけで、一断面だけ取り上げてバッシングするのはよくありません。
國保選手を礼儀がなっていないとか言いますが、それなら、発言者の声が聞き取れないくらいの国会のヤジや怒号は、礼儀正しいと言えるでしょうか。
21歳の青年に対し、国会議員は大人も大人、それも国民から選ばれた大人です。
見苦しい国会議員をもっとバッシングするなら分かりますが、酷い国会をスルーしておいて、若者をバッシングするマスコミや国民を如何なものかと思います。
弱い相手には強く出て、強い相手には大人しい、これで若者に偉そうに説教できるでしょうか。


出た杭を打ちたがる国民からみると、気に入らないでしょうが、こういう個性が合っても良い、物差しに計れないような人物がいる方が面白いし、創造性、多様性があると思います。
もっと異質なものを受け入れて多様なものを作り出したり、発信したりする力が今の時代に欠けていています。
どれをみても似たり寄ったり、金太郎飴、個性がありません。
出る釘は打つという、個性を消す教育をしているからです。
朝青龍のように傷害事件を侵すような乱暴者ではないのですから、ファッションセンスが一般とは異なっているだけで、もっと広い心を持った方が良いのではないかと思います。
出る杭を打ち続けるから、ドングリの背比べ、社会を変えるような飛び抜けた人間、国をリードする人々も出てこず、いつまで経っても閉塞感を打ち破れないのではないだろうかと思います。
日本社会がもっと度量の大きい、許容範囲が広い社会になって欲しいと思います。
出る杭は打たないで、伸ばしましょう。
もっと、色んな個性が合って良いのではないでしょうか。


国母選手の件もそうですが、日本サッカーの韓国戦をみていて、同じようなものを感じました。
サッカーの東アジア選手権で、日本は韓国に1対3で完敗しました。
それまでも格下の中国に0対0の引き分け、台湾にはようやく3対0でした。
試合を見ていると、中盤で細かいパスを回し、ゴール前まで行くには行くのですが、シュートチャンスと思いきや、そこからまたパスをする始末、シュートを打てば不正確、課題である得点力がいっこうに上がらず、問題点は殆ど改善しません。
試合運びも消極的そのもの、点を取られてからやっと必死になり、攻撃は細かいパスとサイド攻撃のワンパターン、創造力やひらめきのある攻撃などはなく、チャンスの時の速攻は時間が掛かりすぎ、俺が抜くというようなドリブルもなく、試合のポイントとなるキープレイもありません。
岡田監督が悪いのではなく、日本人の特性ではないかと思います。
日本代表は選り抜くれた選手で、自己実現した人達ばかりのはずです。
しかし、積極性は無く、思い切ったプレイや独創的なプレイもなく、俺が決めるという意志も弱く、みんな言うことを良く聞く優等生ばかりで、決められたことしか出来ません。
トルシエ監督が選手を子ども扱いし、攻撃パターンを教え込んだときに力を発揮したように、日本は言われたことしかできない歯車ばかりになっているようです。
金太郎飴の如く一人一人に個性が無く、言われたことしかできない、自分の意見は言わない、指示待ちで自分から行動しない、他人をみてから意見を言ったり行動したりする、ようです。
サッカーエリートでさえ、こんなに大人しいのです。
これらは、出る杭は打たれる教育をされてきた結果のように思います。
擦り込まれ、体に染み付いたものが、数年で取り除けるはずもありません。
勿論、これは、国民全体にも言えます。
これが民主主義を根付かせない障碍にもなっているに違いありません。
人と一緒でないことで虐めるのではなく、人と一緒でないことを誉めるべきです。
歯車をつくっていれば、発展途上国のように生産工場になれますが、頭を造らなければ、先進国のように創造性の高い研究室にはなれません。


マスコミが大本営発表のように、異論・反論のない大量の同じトーンの情報発信するときは、疑って掛かるべきと思います。
それは、マスコミや権力が社会を一つの方向の色に染めようとしてるものです。
一色に染めることは多様な個を弱め、個の集まりとしての国力を削ぎます。
マスコミの情報の真逆も合わせて考える習慣を身につければ、様々な発想が生まれてくるでしょう。
マスコミや自民党政府があれほど大騒ぎした新型インフルエンザはどうなったか、思い浮かべれば、マスコミが虚像であることが分かると思います。

あと一歩でメダルを逃した上村選手は、非常に残念でした。
彼女は、女子でカービングスキーを最初に取り入れ、実力を発揮したのが2007、2008年でした。
2009年シーズンになると、他の女子選手もカービングスキーが上達してきて、上村選手の優位性は保てなくなっていたようです。
バンクーバー・オリンピックでは、上村選手のピークが過ぎ、優位性は無くなり、オリンピックの巡り合わせが悪かったようです。
オリンピックが2年毎の開催なら、2年前の実力では、他より完全に抜け出いて、金メダルは確実でしたでしょう。
オリンピックは都市単位の開催で4年間隔です。
国単位の開催に変えて2年ごとにすれば、上村選手のような不運は減ると思いますし、小国でもオリンピックを開催できると思います。
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愛てんぐ

Author:愛てんぐ
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